その夜――
また、不思議な夢を見た。
てくてく・・・てくてく・・・
私は、カカシ先生と二人きりで、里の中をどこまでもどこまでも歩いていた。
他には誰も見当たらない。本当に私達二人だけ。
てくてく・・・てくてく・・・
ずっと手を繋ぎ、夢中になってお喋りしていた。
会話の合間合間に私が先生の顔を覗き見ると、いつだってカカシ先生は優しい笑みを私に返してくれて、
ふざけて先生の腕に絡まっては、コツンと頭をぶつけ合い、大笑いした。
とにかくはしゃぎたくなるほど幸せで、ドキドキと胸が高鳴って仕方なかった。
甘酸っぱい高揚感に、今にもふわふわと空に舞い上がってしまいそうだった。
そう、夢の中の私達は、恋人同士のように仲が良かった。
何度も指を絡ませ合って、何度も肩をぶつけ合って、何度もにっこりと微笑み合って。
互いの想いが真っ直ぐ通い合う喜びに、身も心も蕩けそうになっていた。
ずっと二人でこうしていたい・・・。
ずっとこのまま歩いていたい・・・。
くすぐったいような幸福感に、私はすっかり酔いしれていた。
そして、ふと気が付くと、私は一人、薄暗い里の外れに立っていた。
私の目の前に誰かが立ち阻んでいる。
その背中・・・、こちらを振り向く横顔は、あぁ・・・間違いない・・・。
「サスケくん!」
追いかけなくちゃ・・・。引き止めなくちゃ・・・。
どんなにみっともなくても、絶対にやめさせなくちゃ・・・。
「待って・・・、行かないで!」
頑張らなくちゃ。縋り付いてでも止めなくちゃ。
だって私にはサスケくんしか、サスケくんしか・・・。
「お前・・・うざいよ」
赤い瞳が私を突き放す。
怒りを含んだ冥い声で私を威圧する人は、いつの間にか別の人に掏り替わっていた。
「カカシ先生・・・」
「お前、本当に・・・うざいんだよ」
サァーーー・・・と、一気に血の気が引いた。
全身が凍りついて一歩も動けない。
氷のような冷たい視線は、私を絶望のどん底に陥れた。
どう・・・して・・・?
ガクガクと身体中が震え出す。
刺すような鋭い視線に息が詰まり、一言も声を上げられない。
どうしてそんなに私を憎むの・・・?どうしてそんなに私を突き放すの・・・?
それでも私を責め続ける瞳には、全く容赦がなくて。
強張る脚を必死に動かして、転がるようにその場から逃げ出した。
でも、すぐに何かに躓き、倒れ込んでしまった。
恐る恐る起き上がると、辺りは真っ赤な血の海だった。
私の足元には、サスケくんやナルトやカカシ先生がバタバタと倒れていた。
「ひっ!」
慌てて抱き起こしても、誰も返事をしてくれない。
蝋人形のような蒼白い顔をして、身体中からドクドクと赤い血を流し続けていた。
「い、いやぁ・・・」
止めなくちゃ・・・。この血を止めなくちゃ・・・。
でも、懸命に両手を重ね合わせても、チャクラはこれっぽっちも発動してくれない。
「いや・・・お願い・・・助けて・・・」
歯を食い縛って意識を手の平に集めようと必死になる。
落ち着いて・・・。落ち着いて・・・。
バァーーーン!
チャクラが暴発して、ポロポロとみんなの身体から鱗が剥がれ落ちていった。
私は呆然と真っ赤に剥がれ落ちる鱗を見続けた。
「そ、そんな・・・」
どうしよう・・・どうしよう・・・どうしよう・・・。
治さなきゃ・・・。今すぐ傷を治さなきゃ・・・。
でも焦れば焦るほどチャクラは消滅してしまい、私にはなす術もなかった。
「み、みんな・・・起きて・・・・・・ねえ、起きてったら・・・!」
どれほど身体を揺すってみても、誰も答えようとはしてくれない。
ただポロポロと真っ赤な鱗が落ちていくだけ。
氷のように冷たくなっていく身体。
私の手の平には、真っ赤な鱗がびっしりとこびり付いていた。
慌てて手を拭っても、決して私の手から剥がれ落ちようとしない。
「いや・・・な、なんで・・・?」
狂ったように鱗を剥がしにかかった。
三人が死んだ魚の目をして、じっと私を見詰めている。
どんよりと濁った不気味な目。
無表情な眼球は、恐ろしいほど雄弁に私を責め立ててくる。
どうしてお前は何もしない――
どうしてお前は何もできない――
どうしてお前は どうしてお前は どうしてお前は どうしてお前は どうしてお前は――――
「い、いや・・・いや・・・いやぁぁぁーーーー!!」
「―――――!!」
思わずベッドから飛び起きた。
「・・・ゆ・・・夢・・・?」
自分の両手をまじまじと見詰める。
ぶるぶる震える指先には、氷のような冷たい感触が今でもはっきりと残っていた。
押し潰されそうな絶望感がまざまざと蘇る。
身体中嫌な汗をじっとりとかいていて、ガタガタと全身が震えた。
激しい動悸に息が詰まる。涙が溢れて止まらない。
「なんて・・・夢なのよ・・・」
思わず頭を抱え込み、小さくうずくまって必死に身体の震えを止めようと努力した。
あまりにも生々しい夢だった。
カカシ先生に恋焦がれ、ふわふわと浮き立った気分も・・・。
その先生に一気に冷たく突き放され、絶望のあまり心が砕け散ってしまった感触も・・・。
大切なみんなが目の前でどんどん冷たくなっていく光景も・・・。
そうなのだ・・・。
あの時、サスケくんに突き放されたショックよりも、カカシ先生に突き放されたショックの方が、遥かに私には大きかったのだ。
どうしてなんだろう。
どうしてカカシ先生に嫌われる方が、こんなにショックだったんだろう・・・。
その先生が・・・、サスケくんが・・・、ナルトが・・・、みんなが私の目の前で真っ赤になって、そしてそして・・・
私はこの手で・・・この手で、みんなの事を・・・
「あああああああ・・・!」
またしても、あの眼球が脳裏に蘇る。
思わず吐き気が込み上げて、咄嗟に口元を強く押さえた。
ガタガタと震えが止まらない・・・。
怖くて怖くて・・・堪らない・・・。
居ても立っても居られず、私は着替えもそこそこに、まだ夜の明けきらぬ外に思わず飛び出していった。
明け方の里。
まだ静かに眠りについている街中を全速力で走り抜け、アカデミーの奥の雑木林を目指した。
タッタッタッタッタッタッ・・・・・・
ただひたすらに、がむしゃらに走り続けた。
何も考えたくなかった。あの夢に特別な意味など与えたくなかった。
走って、走って、走って。
力尽きて一歩も進めなくなるまで、とにかく走り続けたかった。
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
スタミナ配分も何も考えない無茶な走り方だったから、間もなく息が上がり、無残にもガクリと膝が抜け落ちる。
両手を地面に突いたまま、ゆっくりと東の空を仰ぎ見ると、赤々とした太陽が徐々に顔を現し、辺りを眩しく照らし始めていた。
「ふう・・・」
草の上にゴロリと寝転がり、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
青々と茂る草の香りが心地良い。
朝を告げる鳥の啼き声が頭の上に降り注いで、私の中の悪しきものを綺麗さっぱり洗い流してくれるようだった。
もう大丈夫。あれはただのつまらない夢・・・。
いろんな事があって頭が疲れていたから、あんな訳の分からない夢になって現れただけだ。
あんなに強いみんなだもん、そう簡単にやられやしない。
それに、私が好きな人はサスケくん。
私と先生がそんな仲なんて・・・、そんな冗談もいいとこだわ。
きっと、昨日先生の思わぬ昔話を聞いちゃって、頭の中がごちゃごちゃになっただけ。
絶対そうよ。そうに違いない。
あれは全部、ただのつまらない夢なんだから・・・。
木々の枝を抜ける清々しい風を全身に浴びて、ようやく気持ちが落ち着いた。
どうしよう、そろそろ帰ろうかな・・・。
それとももう少し、こうしていようかな・・・。
サワサワと葉擦れる音が、子守唄のように心地良い。
このまま目を瞑っていたら、思わず眠ってしまいそう・・・。
「あれっ、そこにいるの・・・サクラ・・・?」
「えっ!?」
慌てて飛び起きた。
道の向こうにカカシ先生が立っている。
思わぬ所で声を掛けられ、心臓が飛び出すほど驚いてしまった。